BearLog PART2

暇な中年の独り言です

能楽事始 その一

 今年になって能楽を始めてみた。

 以前から、「ヴァイオリンのためのナンバ体操」のワークショップを受講していたことから、日本の古式ゆかしい身体の使い方に関心をもっていたことから、何かそういった日本的な身体の使い方を学んでみたいと思っていたわけである。今更、柔道や剣道や空手というのはシンドいかなあ、合気道とかならば大丈夫かなあ、それとも日本というわけではないが、少林寺とか太極拳とかがいいのかなあとか、ヨガだったら、一応ジムで比較的コンスタントにレッスンを受けているしなあとか、まあ漠然と思っていたりしたわけである。
 そんな矢先、今年に入ってから、会社の同僚がオフィスの近くにある能楽堂能楽の稽古を受けていることを知った。

 能楽

 今まで自分の頭の中にはなかったのだが、古式ゆかしい身体の動かし方は能楽でも学べる筈だし、そもそも以前から母親は「あんたもいい年なんだから、謡のお稽古でも始めたら」と言っていたこともあったので、「能楽」を学んでみるのもいいかもしれないと、かなり気持ちが傾いてきた。
 とはいうものの、色々と準備が大変なんだろうなあという不安もこあれあり、同僚に聞いてみると、「白足袋さえ準備すれば、洋服での参加もOK、しかも、スマホでのお見本撮影タイムまでありますよ」とのこと。言葉は悪いが、「お手軽感」を強烈に感じたたわけで、これなら大丈夫だろうと思い、さっそく同僚に先生を紹介してもらッた次第。

 私が入門させて頂いたのは、喜多流粟谷明生先生だ。先生の教室は「本科」と「体験教室」に大きく分かれており、私はまずは「体験教室」の方から(そりゃそうだ、能楽のことなんか何も知らないのだから)。この体験教室は、一対一ではなく、ワークショップ形式。月二回の稽古で二ヶ月かけて(計四回)、お仕舞を一曲仕上げていくというものだった。
 白足袋を準備して、さっそくお稽古に行ってみると、常連さんが多くアットホームな雰囲気である。最初に教えて頂いたのは「猩々」という曲で、端的に言えば、猩々という架空の生き物が出てきて、酒を呑んでご機嫌に謡い舞うというものだ(勿論、ちゃんとしたストーリーはあるが、ここでは端折らせて頂く。ご関心ある方はこのあたりを御覧ください)。
 まずは、謡本を見ながら、立って、謡の練習から。基本的には四拍子が二小節単位でワンフレーズ(だと思うんだけど、、、違ったらごめんなさい)というカウントは何とか分かったんだけど、実は「猩々」の謡は二拍目から歌い出すので、最初の一拍目に四分休符が入る。この間の取り方が意外と難しかった。普通に一拍目から謡い出してしまいそうになる。とはいえ、一生懸命聴きながらカウントすると、四拍子二小節分でワンフレーズを歌うという流れは変わらない(ように聞こえた)。
 さらに興味深いことに、能楽の謡には絶対的な「キー」がないのだ。その番組を勤めるときのリーダーが、キーを決めるのだと言う。日々、ヴァイオリンで、「そのAはもっと高くして下さい」とか「そのBには♭がついていますよ……」等々、絶対音階的な世界で「合わせる」ことに神経のほとんどを注ぎ込んでいる私からすると、「キー」が相対的で、リーダーの趣味で決めていく等々、その柔軟性があまりに面白かった。しかも、アフタービートに慣れきった私の身体でも、謡の平坦な四拍子を謡っているうちに、何だか気持よくなってきたのである。ある意味、「トランス」するような感覚だ。ゆらゆらと漂うような気分。
 拍子というリズム上のグリッドが一応はあるのだが、そのグリッドがいい意味でゆるくて、水の中を漂う感じ、というか川がずずずーっと流れていくかんじ。
 とてもじゃないけど謡に合わせて行進なんかできない。不思議なことにそれが気持ちいいのだ。
 拍子に合わせて身体を動かすことは勿論ある種の快感を生むのだが、それとはまったく違ったかんじ。音が身体を半ば強制的に動かすのではなく、音の流れの中をゆらゆらと身体と心がずっぽりと入り込み、ゆっくりと動いていくような感じ。
 そうそう、これって、
武満徹の「ノヴェンバー・ステップス」じゃないか
 と、ふと思い当たる。武満徹のレントって、まさに能楽の謡そのものだ。という当たり前のことに気が付く。

 ということで、いい加減書くのに疲れたので、「その二」に続く(予定)。