恒例であるが、1月19日は明生会の初会があった。皆々様には本当に深く御礼申し上げます。
何を言っているかと言えば能楽の発表会のことである。
この1月の会は4月の発表会の事前演習的な側面がある。私も4月は「経政」で舞囃子を出させて頂く予定なので、仕舞は経政キリ、それから、これも4月に備えて「紅葉狩」の素謡と連吟(連吟は冒頭のところ)、それから連吟「鞍馬天狗」、そして連調「田村」と、いつになく課題が多く、何からやっていけばいいのか(って、全部やらなければならないのだが)、なかなか大変だった。この歳になってくると覚えることが多いと本当に大変。
とはいえ、幸いなことに昔ほどではないにしろ物覚えは比較的いい方だから、単純に詞章を覚えるとかだったら、意外と何とかなる。問題は節回しだったり型だったり打ち手だったり、そういうのを覚えるのは、単純に言葉を覚えるのと違った難しさがある。
毎回毎回発表会にはテーマがあるのだが、今回のテーマはズバリ「謡」だ。「紅葉狩」の連吟があったので、今回は謡をいつも以上にしっかりやろうというのが個人的な目標であった。
その目標ついては、まあそれなりに満足がいったような気がする。
「紅葉狩」の連吟は、今後シテツレも控えているので、かなり真面目に稽古のときの録音音源を何度も聴いてしっかりと頭に焼き付けたつもり。だから、これ以上のものは今の自分には出せない。上を目指すとすれば、さらなる精進が必要。
謡は「紅葉狩」連吟以外も今回はいつも以上に真面目に取り組み、それなりに自分としても手応えがあった気がする。謡の、何というか、ある種のセントラルドグマ的なものが少しくらいは自分の体の中に入ったのではないかという気がするんだけど、どうなんだろう。
連調は間違いこそなかったけれども、打つところではないが、ちょっと手を動かしてしまったところが2箇所くらい。前回よりはだいぶマシになった気はする。
連調や謡の稽古を重ねるうちに、少しではあるが、リズムの勘所が分かってきたような気がする(気のせいだったりして苦笑)。
これをもっと極めていけば、舞にもよい影響があるのではないかと思っている。ゴマ譜も以前よりはきちんと読めるようになってきたし、日本的リズムの世界観がおぼろげに見えたような気がしたりしたけど、それは壮大な錯覚なんだろうなあと思ったり。
それはともかく、小泉文夫の本を読んでいたら、童歌のリズムのとり方が出ていて、それがちょっと参考になったり……。
謡は本当に難しい。
さてさて、仕舞についてはそもそもこちらでクドクド書いているが、結局自分が思ったとおりには19日までには仕上がらず、足拍子の踏み違い等々もあり、ちょっと悔いが残る感じになった。
足拍子の間違いもそうだけれど、出だしのシテ謡もなかなか上達しなかった。
「あら恥ずかしや、瞋恚の有様 はや人々に見えけるぞや あの燈火を消し給えとよ」
というところなんだけれど、稽古ではここがうまく出来なくて毎回怒られた。
文章一つ終わるまで音を下げないというところが出来なかったのだ。必ずどこかで一息ついて音を下げてしまう。
ここが簡単なようで案外に難しい。
とはいえ、ここは本番では多少はマシになったんじゃないかとは思っているのだが、はてさて……。
さて、この「経政」は4月に舞囃子、そして来年4月には厳島神社での奉納能があるので、まだまだ最終地点は遠い。だから、これはじっくりと仕上げていけばいいから、大事なところでコケる前に初心を思い出させてくれたという意味で、今回のこともポジティブに考えたいなあと思っている。
まあ色々と考えはするが、まだまだ未熟もいいところだ。考えに考えて、動きに動いて謡に謡って、頭と体に入れ込んでいくしかないのだろう。
謡の奥底にあるリズムの世界観が自分の血肉になれば、もっともっとうまく慣れるのになあと思ったりして、まだまだとば口にも立っていない自分を認識し、もっともっと上達すべく精進しようと心に誓った次第である。