世の中、理不尽なことが沢山ある。
かく言う私も理不尽なことを沢山してきただろうし、沢山されてきた。ま、世の中ハードボイルドなんであるからして、甘いことばかりではないのだ。
以前、とある会社に勤めていたとき、オーナー社長にはむかったことがあった。ま、自分こそ会社を救う正義の見方気取りのかまえで、それはそれで若気のいたりだと今になってみれば思いはするものの、当時の私はものすごく本気でその社長に対して怒っていた。 経費の使い方、事業提携のやり方等々、すべてにおいて、私は彼に対して怒っていた。それも正義の味方気取りで(苦笑)
今となっては当たり前すぎることだが、オーナー企業ではオーナーが「白」と言えば「白」だし、「黒」と言えば「黒」なのだ。そういう世界では、オーナーと自分の間に業務執行上の亀裂が入ったときは、相当に高度な手練手管を用いなければ、オーナーの態度を変えさせることはできないのが普通。今となっては当たり前のことなのだが、当時の私は経験も不十分で、十分すぎるほど若く、血気盛んで、老獪さのかけらもなかった。だからこそ、私はオーナーとの亀裂を深めるだけ深め、お互いの傷に塩を塗りまくり、結局、大した改善もできないまま、その会社を去ることになった。
そのとき、私は「まったくもって理不尽だ」と思った。
しかし、世の中はその程度、もしくはそれ以上の理不尽さに満ち満ちている。いやいや、道理の通ったことのほうが少ないくらいだ。
世の中は理不尽さで埋め尽くされているがゆえに、ハードボイルドなわけだ。ハードボイルドである現実をさらにカリカチュアライズした世界で生きている、ハードボイルド小説の主人公は、ただひたすら、世界の中のあらゆる理不尽さを放逐しようと不器用に努力し続ける。そして、彼らは最終的には敗れていく。
世の中は理不尽だ。それが四十になった男の実感である。