BearLog PART2

暇な中年の独り言です

 墨攻

墨攻 (新潮文庫)

墨攻 (新潮文庫)

 酒見見一の歴史小説(と言っていいんだっけ)は何作か読んでいるわけだが、あまりはずれはない印象である。この「墨攻」も、面白い小説だ。気が付いたら、映画にもなっていたのですな(笑) 映画会社にいるくせに情報に疎い自らを呪う(笑)
墨攻 [DVD]

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 それはおいておいて。
 「墨攻」は、諸子百家の中の「墨家」を題材にし、戦国時代をその舞台としている。
 酒見は、この城邑の攻防戦を息詰まるような筆使いで描きながら、ところどころで墨家の思想をはさんでいく。
 墨家の思想で一番特徴的なのは、自分を愛するように人を愛せよという「兼愛」、それから侵略戦争を否定する「非攻」。これ意外にもいくつかあるのだが、この二つについては、現代的な意味もあるような気がする。
 この「非攻」をモットーとする墨家教団は強力無比な軍団を持っていたというのが面白い。この軍団は、大国に攻められそうになった城邑の防御に、まるで傭兵のように派遣されたのだそうだ。この小説のベースにはそのような史実があるようである。
 墨家教団の属する架空の人物革離を主人公とし、この革離は、大国から攻め込まれる城邑を守るべく、墨家教団から派遣される。しかし、この派遣は墨家教団を率いる巨子の本意ではなかった。この巨子は新興国である魏と結んで、墨家の教えを広めていくという野望を抱いていただめ、である。舞台の大半は、小さな城邑の攻防戦に費やされる。先の述べたように、この小説は映画化されているのだが、映画にしたくなる気持ち、痛いほどよくわかる。城を模した巨大なオープンセット、戦闘シーン等々、本当に絵になる。
 この小説では、淡々とした筆致で、革離の戦争職人としての活躍を描いていく。戦争遂行を絵空事のように見せず、膨大な手続き、仕事の集積であるということで描いていくのは、私が敬愛する隆慶一郎の作品とよく似ている。そこにはロマンなどというものはなくなってしまうのだが、冷徹な現実が逆にロマンを持ってしまうという逆説が存在するような気がする。
 この小説には、組織維持、危機管理、人心掌握、といった今の企業経営に必要な色々な技術が、戦争遂行の過程とともに描かれていくから、そっち方面での含蓄も割とあったりする。
 歴史小説というのは、自らが現実で抱える問題などをメタフォリカルに描かれていると読み替えることによってのみ、現代人の共感を得るのだと思うが、この小説はそういう意味では優れて現代的、なのである。
 面白かった。