BearLog PART2

暇な中年の独り言です

その通り!なんだけれども……

弱いつながり 検索ワードを探す旅

弱いつながり 検索ワードを探す旅

 二日前に読み終わった。あっという間に読み終わる。
 一言で言ってしまうと、総論は大賛成である。特に、「ネットは階級を固定する道具です。『階級』という言葉が強すぎるなら、あなたの所属と言ってもいい。」というところ。実は、こういう考え方が自分の中にはなかったので、目から鱗であったわけだ。
 はっきり言って、この一行だけで、本書を購入した意味があったというものだ。この一行にピンとこない人は相当にまずいと思う。
 インターネットの黎明期、情報武装が可能になった一般消費者はプロシューマー的に賢くなり、合理的な判断が可能になり、ネットというメディアを通して、強くものを主張し、空間を超えた連帯が可能となり、経済的にも政治的にも強化された存在になる……といった言説を耳にしたのではなかったか。
 確かに、ある部分それが達成されているところもある。しかし、実際はどうなったかと言えば、東氏が言うように、自らの所属がさらに明確になり、テクノロジー的にも経済的にも政治的にもその所属にさらに強固に縛り付けられるようになっただけではないか、というのは明らかだ。
 考えてみも見て欲しい。facebookの自分のお友達を見たときに、共通のお友達を10人以上持つ「強い」お友達がずいぶんとたくさんいるということ。もうこれだけで、自らの「階級」というか「所属」というか、そういうことがいかに固定かされているかが如実に示される。そして、その「所属」は隙間時間にSNSをだらだら斜め読みするときも、メッセージを返すときも、「いいね!」するときも、その一瞬一瞬で日々反復強化されている。
 それがいいかどうかは別として、その世界から出ることは難しいことだし、無理に出る必要があるわけでもない。しかし、自らが意識しないうちに狭い世界に閉じこもってしまう危険が常にあるという訳だ。
 なので、その通り! 弱いつながりを探そう、旅に出よう! その通り!
 でも、それだけではまだ足りない気がする。まだ中途半端な気がする。だから戦略・戦術的に、この難しい時代を自分がどう生きていけばいいのかということは、今もってよく分からないが、でも観光旅行だけでは足りないことだけは分かる。
 だから、卑近な話だが、自分はヴァイオリンを習い、自転車に乗り、酒を呑んでいる。
 ネットは人を結びつけはするが、その強い結びつきによって、人は様々な集団へと分離され、逆にその集団への帰属意識を強化されてしまうことには十分留意すべきだ。
 と、ここまで書いて、これって考えてみたら、SACってことかと思った。SACについては下記を参照(というか見てみて欲しい)


 たぶん人は、一定以上の情報を処理することはできなくて、自動的にある種のフィルタリングをかけているんだと思う。そのフォルタリングの基礎となるのは「知っている/知らない」とかいうような、極めて単純なことなんだろうと思う。そうすると、「知っている」ことがソースになっていることは、さらに強固に信用するようになり、「知らない」ソースからの情報は完全に途絶えていく。
 このプロセスはどこかで問題として表面化するだろう(というか、既にしている?)し、その問題が無視できないものになったとき、多分ヒトはおもむろに別のメソドロジーを考え始めるんだろう。
 少なくとも、自分の身を振り返って考えてみれば、SNS見ている時間って暇つぶし以上にはならないから(とはいえ、そこから貴重な情報を見い出すことがないわけではない。でも、それは放課後喫茶店で友人と駄弁っている以上のものではない)、もっと何か別に情報収集や他人とのつながり方を見つけなければならないんだろう、とは思っている。
 ただ、それが何になるのかは分からないけどねwww