BearLog PART2

暇な中年の独り言です

 バリ島旅行記 その三

 チェディ・クラブの庭でケチャ・ダンスが披露された日がありました。近在の村の人々がダンサーらしく、総勢100名程度の陣容です。中には小さな子供もいたりして、音楽・芸能といったことがバリの人々の中でごくごく自然にとけ込んでいることを納得させてくれます。コミュニティと言えば、やはりそこでの儀礼として、音楽・踊りといった要素は欠かすことはできないと思われます。
 ダンスは6時45分からということだったのですが、6時過ぎくらいから、ウェルカム・ドリンク(レモンとジンジャーに蜂蜜が入った物。甘酸っぱくて美味しい)を頂き、座布団が敷いてある場所でのんびりとダンサーの登場を待つことに。案内の簡単なぺら一のパンフレットを読んでみると、何やら、色々と書いてありますが、周囲が暗くてあまり分からず。事前情報ほとんどなしの状態で鑑賞することになりました。
 画像にあるように、象のピラミッドが向かい合うように建っているところがちょうどステージになっています。支配人の前口上が始まったのですが、彼のスピーチが終わる前に、多分勢いあまってのことなのでしょう、雄叫びが上がり、松明を手にした男性が、像のピラミッドの間から勢いよく飛び出してきました。彼らは自然と幾重にも重なる円の形で並びます。
 不勉強な私は、生でケチャを聴くのは初めてだったのですが、私の拙い耳には案外きちんと構造化されているように聞こえました。
(まあ、私の耳なので、怪しいです。間違っていたらご愛敬ということで、笑って許して下さい)

 ケチャの音はいくつかのパートに別れており、全部が全部人の声で成り立っています。要するにアカペラってことです。
 まず一つ目のパート。これは「ちゃちゃちゃちゃ」という音。基本的には、ポピュラーミュージックにおけるドラムのハイハットと同じような効果をもたらします。十六分音符を割と正確に刻んでいます。私の耳にはケチャは16ビートに聞こえました(笑)
 二つ目は「うん、うん」といった四分音符を刻む声。これはどちらかというと低音です。ポップスで言ったらバスドラが刻んでいるところと言えばいいのでしょうか。
 三つ目。これは「んう、んう」とオフビートを刻む音。ポップスで言うとまさにスネアの刻んでいるところ。
 主にこの三つの部分から成り立っています。
 私の拙い耳には、ケチャは四拍子で、強いて言えば、テクノの四打ちに極めて近いものがあります。ただ、大人数で醸し出すので、微妙なフラみたいなものがあり、単純に機械で正確にたたき出すものとはそのグルーブ感がかなり変わっています。不思議なものですね〜。
 曲の構成ですが、基本的には二小節ごとに、「うううう」といった祈りのような唸り声が入り、八小節でワンクールを構成しているようでした。八小節が終わると、ブレイクが入ります。このブレイクは、ペースが変わったり、踊りのストーリーを説明しているかのような独唱(浪花節のようにも聞こえる)が入ります。

 ダンスについて言えば、手と腕、身幹、足をまんべんなく小刻みに動かしています。ダンサーの自由度がかなり高いように思えましたが、実際どうなんでしょう。日本舞踊のように手だけ、西洋のような厳密なステップ、アフリカのような身幹を中心にはねるような動き、そのどれもが微妙にゆるく、微妙にミックスされているように見えました。拙い私の目で見たことですから、実際はもうちょっと何らかの規則でフォーマット化されているのかもしれません。

 100人を超える男性が、正確に16ビートを刻み、自らが刻んだ16ビートにのって踊っていれば、特に輪の中心部にいる人々はトランス状態にもなるでしょう。ある意味、クラブのダンスフロアとまったく同じと言えば同じです。
 そう考えると、洋の東西を問わず、人間が心地よいと感じる音、もしくはリズムということは共通しているという、ごくごくあたりまえのことに気付きますが、これって考えれば考えるほど不思議なことです。何千キロも離れたところに住んでいる人間なる人種、しかもバックグラウンドがまったくもって異なっているにもかかわらず、心地よいと思うリズムは共通しているというのは、なかなか人間のDNAを考えさせるにはちょうどよい素材かもしれません。

 ってなことで、あまりきちんとしたことは書けないですが、バリ島旅行については続きを書くつもりでいます。