BearLog PART2

暇な中年の独り言です

 直帰、デスノート

 夕方、子会社の取締役会が赤坂であったため、そのまま直帰する。
 家に帰ってから、どういうわけか久しぶりに飲みたい気分だったので、以前丸善のファミリーフェアで買ったワイン(バローロ)を妻と二人で一本あける。まろやかなよいお味だった。

 そうそう。

 ここしばらく、「何を今更!」というかんじなのだが、「DEATH NOTE (12) (ジャンプ・コミックス)」を読んでいる。ちょうど9巻まで読み終わり、今日、久我山駅の本屋で10巻と11巻を買って帰った。10巻を読み始めたのだが、どういうわけか面白くなくて途中で読むのをやめた。結末を知りたいという気分にもならなかった。多方面で「面白い」という話を聞いていたのに自分がハマらなかったのはなぜなのだろう?とふと考える。考えていると、いくつかの要因に行き当たった。
 「ノート」を巡るロジックゲームに終始しており、そのゲームに魅力を感じない私はぜんぜん響かなかったのだということ。はっきり言って、漫画の新機軸を打ち出した面白い作品なんだとは思うが、自分が漫画に「見えないもの」「知りえないもの」を期待してしまう以上は、ロジカルに構成されたスリルを提供されてもハマらないってことなんだと思う。漫画ってのは色々な商業上の都合で漫画としての物語がブチ壊されてしまっているところが最大の魅力だと思う。そのブチ壊れ方がすごければすごいほど漫画としての凄みが増してくる。それに対して「デスノート」は壊れない。予想が付くとはいえ、適当なびっくり感と適当な論理的整合性で溢れかえっている。

 面白いとは思うけど、私が欲しているものではないことは確かだ。ロジックを単に追求するだけだったら、ヴィトゲンシュタインや数学や法律をやったほうがよいと思われるのだが、いかが?