BearLog PART2

暇な中年の独り言です

 この前と同じだ

 三連休明けについては、どうもペースが狂って調子が出ない。来週になって週五日きっちり働けるかどうか非常に心許ない限りである。
 帰宅してから、だらだら「ガイアの夜明け」を見ていたら、軽井沢のアウトレットが出ていた。まあ、私も何度かお世話になったことはあるのだが、とにかく人が沢山で大変なところだ。番組中、涙ぐましいまでの在庫減らしのあの手この手を見ていると、モノの値段というのは何なのだろうと思う。ここ最近は、LOHASというか何というか、消費すること以外にもカッコいいお洒落なことがあるんだよ、というようなトーンでファッション誌に取り上げられたりしているが、そういうのって毎回思うんだけど、景気循環みたいなものだから、高度なギミック満載の「消費」→消費しない「清貧」的な賢い「消費」→高度な「消費」……という反復というかループにしか見えない。
 私はどちらかというとガイア仮説を信じているほうだが、しかしそれでも、ここ最近な「お洒落な環境至上論」とかある意味ヨーロッパ的な「絶対的(というかもはや盲目的に近い)環境至上論」のどちらにも、組しにくい。前者に組するほど、お洒落・パーティ・ピープルでもないし、後者に組するほど強固な信念があるわけではない。
 要するにこういった些細なことも、自分自身の人生をどう設計するかという問題に連なるわけで、自分はまだそこには答を出せていないことに、半ば呆れ、ちょっとだけ絶望する。
 特に、再燃してきた「家の買換案件」とからめて考えると、自分自身が自分自身の人生にどう向き合うかをいう立ち位置について、まだ悩んでいることに驚き呆れる。年齢から言って、「自分」探しをする気もないし、その毒は既に排出してしまった今は無いが、その結果として、自己規定できた自分を「他者との関係の総体」である自分自身の「人生」にどう当てはめていくか……ここに悩んでいたりする。
 まあ中年男として、背負うものとどう折り合いをつけるか、ってことなんだけれど。