BearLog PART2

暇な中年の独り言です

 カンボジア旅行記 Day3

  • 朝日を見てしまう

 今朝は4時起きして、朝日を見にいくべく、5時20分にピックアップをしてもらう。待ち合わせ場所はホテルのロビー。ホテルのロビーに現地の人がやたらとうろうろしているなあと思ったら、それはガイドさんである。ガイドさんは、一様に、肩にワッペンのついたやや赤みを帯びたベージュのシャツに紺のパンツをはいており、皆、なかなかのオシャレさん揃いである。
 さてさて、私たち夫婦も今日一日専属ガイドになってくれる方と初対面、まずはご挨拶から。髪の毛をディップでとんがらせて、なかなかのハンサムさんであったが、名前はしっかりと忘れてしまった(苦笑)
 さっそく車に乗せてもらって、真っ暗な町の中を一路アンコールワットへ向かう。バイクタクシー(タイのトゥクトゥクみたいなもの)なども一斉にアンコールワットめがけて走っており、皆、狙うところはアンコールワットでの朝日見物、ということになるのだろう。考えることは皆同じ、なんである。
 昨日も行った西の門のあたりから中庭に入っていく。まだ日が昇っていないため足下が暗いので、注意が必要だ。準備のいい人は懐中電灯を持ってきている。ガイドさんは慣れたものだが、私たち夫婦は、他の人が足下を照らしている懐中電灯を頼りに、でこぼこの石畳をちんたらと歩いた。
 中庭に入る。12月の今時分は、アンコールワットに向かって右手から日が昇る。秋分春分のときには、アンコールワットのちょうど真後ろから日が昇る。
 というのも、アンコールワットの四辺はそれぞれ東西南北を向いて建設されているから、なんである。昔の人というのは、そういうところはやたらと律儀である。
 途中の木だの建物だのを避けながら、朝日をみるベストなポジションを探す。通説としては、ベストなポジションは下記の二つ。

  1. 中庭に入ってすぐを左に行く。塀のところに腰掛けられたらベスト
  2. もうちょっと中まで進んで、左手の池のあるところ

 私たちは移動しながら、両方で朝日を拝んだのだが、どちらも素晴らしい。
 ヒネクレ者の私が言うのも何なのだが、涙が出るくらいに美しい。特に池の所から見ると、池に咲いている蓮の花と水面に写るアンコールワットと空をつんざくように建つその漆黒のシルエット、そして赤味を帯びていく日、日輪、といったものすべてが、まさにマーラー交響曲のようにががが〜んと壮大なハーモニーを奏で始める。これはなかなか得難い経験だ。特に水面に首を出し、咲き誇る蓮(睡蓮かもしれないけど)は美しい。蓮オタクの妻はかなり喜んでいた。ただカメラでこの朝日をきっちり撮ろうとすると、逆光になるわけで、それなりに修練が必要なんだと思う。カメラで風景を撮ることに何らこだわりを持っていない私は、カメラは妻に任せて、ひたすら、建物、朝日、水面が奏でる交響曲に聴き入った(見入った)。
 昨日の印象が大きく崩れ、この巨大寺院、そしてこの瞬間が、自分の人生の中で愛おしいものの一つになった気がした。

  • アンコールトムへ

 朝食をとるべく、いったんホテルへ戻る。ホテルで朝食をとった後、9時に再度ピックアップしてもらい、今度はアンコールトムへ向かう。
 アンコールワットというのは一つの寺院を指しており、アンコールワット周辺には、けっこうな数の寺院遺跡存在している。多分、正確に言うならば、「アンコールワット寺院遺跡群」ということにでもなるのだろうか(あ、これ私の独断です)。その遺跡群の中の一つとして、アンコールトムも存在している。
 「アンコールトム」とは「大きな町」という意味らしい。数字はうろ覚えだが、一辺が3km、高さ8mの正方形の城壁と堀に取り囲まれた町、ということになる。中にはいくつかの遺跡があって、町の中心部には、「バイヨン」という寺とか、三島由紀夫の戯曲で有名な「ライ王のテラス」があったり、象のレリーフで有名な「象のテラス」があったり、と大きい中にいくつかの見所が散在しているようなところだ。
 そもそも町なので、普通の人も中に住んでいたらしいのだが、当時の住宅は木材でできていたため、その痕跡は全くないのだという。多分土台も何もない掘っ立て形式だったのだろう。石の建物は神様のため、木の家は人間のため、ということで厳密に区分されていたらしい。
 車を降りて、南の門から入る。門には東西南北四つの大きな顔が彫られていて、それは人々の安全を祈念しているのだという。建物に大きな顔がくっついているというのは、なかなか珍しいと思うのだが、いかがだろうか。巨大な顔は口角を上げて穏やかな顔で笑っており、日本の仏像などと比較しても共通点が多いような気もする。目鼻立ちが多少はっきりしているのは、そこに住まう人の容姿を反映しているからなのだろう。
 バイヨンから見ていくのかと思いきや、混んでいるからということで、奥の方の「ライ王のテラス」の方から見始める。この「ライ王のテラス」であるが、テラスに手と指のない王様の像がおいてあったためにそう名付けられたとのことで、そもそもの「ライ王像」についてはプノンペンの博物館にあるそうで、今この時点でこのテラスに置いてあるものはレプリカなのだそうだ。そもそもアンコールワットに置かれていた像などはほぼ全部レプリカで、本物はプノンペンの博物館に置いてあるのだそうだ。ただ、今シェムリアップにも博物館を建設中で、この博物館が完成したら、プノンペンにおいてあるものをシェムリアップに移してきて、建物や遺物含めて全部をシェムリアップ内で見れるような体制にするのだという。観光資源の有効活用を考えているなあとちょっと感心する。
 テラスの壁には細かいレリーフがたくさんしてある。デバダーと呼ばれる女性の像などは南国的な大らかさのなせる業なのか、えらく豊満で肉感的でセクシーである。やはり着る物が薄いとそういう表現になるのだろうか。
 続いてある「象のテラス」もなかなか圧巻である。象が壁に刻み込まれているだけなのだが、なかなか素晴らしい。こういった昔の人々の造形力というか表現力というのは、日本のものでもそうだが(運慶や快慶を例に出すまでもなく)、非常に力強く素朴で素晴らしいと思う。今の人間に失われてしまっている存在自体から発する「力」のようなものを強く感じるのだ。

  • そしてバイヨン

 アンコールトムの中心に位置しているのがバイヨン寺院ということになる。この寺院には、南北一つずつの通り、そして西に一つ、東に二つの通路が直結している。それぞれの通りは南門、北門、西門を経由して堀の外に繋がっているのだが、東側だけは二つの門がある。一つは「勝利の門」と呼ばれ、もう一つは「死者の門」と呼ばれている。昔、ベトナムチャンパ王国などと戦争をしているときに、軍隊は「勝利の門」から出て行ったという。そして戦勝を上げれば再度「勝利の門」から帰ってきて、負けた場合や戦死者については「死者の門」から帰ってきたのだという。戦死者については、そのままバンヤン寺院でお葬式、という風に合理的に処理されていたようだ。
 バンヤンについても、尖塔の四面に巨大な顔を彫りつけてあり、全部で49個だったかな?、の顔をある。どこへ行っても巨大なクメールスマイルを見ることになり、彼らの視線を感じながら遺跡の中をさまようことになる。この感覚はなかなか不思議なものである。また回廊に彫りつけられているレリーフも、ここでは神話のモチーフではなく、クメールの当時の生活模様だったり、戦争の情景だったりしていて、妙に生活臭が漂う。戦争の情景などは面白く、当時、現在のベトナムであるチャンパ王国と戦争をしていたようで、中国と同盟を組んでベトナムを挟撃していたようで、ここバンヤンレリーフには中国人までゲスト出演している。髪を後でひっつめて、髭を蓄えているのが中国人兵士らしい。オールバックの髪に長い耳たぶがクメール人なのだそうだ。これを一つずつ見ているだけでも結構面白い。全部しっかり見ようとすれば何度か足を運ばねばなるまい。

 昼食(地元で日本人が経営するカフェ)を済ませた後で、妻が一番見たがっていたタプロームへ。タプローム宮崎駿の「天空の城ラピュタ [DVD]」のモデルになったところ、またはアンジェリーナ・ジョリーが「アンジェリーナ・ジョリー ツインパック 「トゥームレイダー1&2」 [DVD]」(1だったか2だったかは忘れました、すみません)でロケを行ったところとして有名である。何がスゴイかというと、この場所、石造りの寺院なのだが、溶樹の木(クメール語でスポアン)に浸食されているのである。石の間から根を生やし、大きく枝を茂らせている。この光景は不気味でもあり、植物の本質的に強靱な生命力を間近に見るという意味でも脅威以外の何者でもない。私は自分の目で「ラピュタ」を見ていないので何とも言えないが、巨大な木に浸食される古代遺跡というイメージは、実際に宮崎氏が自らの作品に取り込んだかどうかは別として。彼の作品との親和性は非常に高いと言えることは明らかだ。
 このタプロームという遺跡、私が紡ぎ出すような薄っぺらな言葉を拒絶してしまいそうな何かが確実に存在している。人間が作ったものが呆気なく自然に浸食されてしまうということで、「自然は偉大だ」という紋切り型の表現でもとらえることができないし、「自然と人間の共存」という、人間という分際を弁えない傲慢な見解でもとらえきれないわけで、そこには単に「ミシンとこうもり傘の手術台の上での出会い」と言いたくなるような、一つの偶然性であり、その偶然性が何百年かの間、微妙なバランスを保って維持されてきたということに素直に驚くべきであり、それ以上、何か言葉をひねり出す必要はないような気がする。
 タプロームで、私は明らかに言葉を失った。絶句、である。

  • 池?

 タプロームを見てしまうと今日のハイライトはほぼ終了というかんじである。おまけというのも何だか、今日については、あと二つほど遺跡を見ている。一つは、スラ・スランという人工池。王様が沐浴するために作ったという人工池であり、池の中央には塔があったらしいのだが、ポルポトにより爆破されたとのことである。その向かいに、バンテアイ・クディという寺院遺跡がある。
 沐浴のために池を作ってしまうというのはなかなか権力を感じさせて小気味よいものがある。

  • 夕食

 ホテルに帰ってきて例のブランコチェアでお茶を飲んでから、ホテルから歩いて行けるカフェ・インドシンというところでクメール料理を食べる。徒歩5分くらいだろうか。近くてうれしい。
 アンコールビールをお供にして食べたが、料理自体、これもまた美味しかった。
 ホテルに帰ってそのまま就寝。
 翌日に続く。