朝、いつものように家を出て、駅に向かって地元の商店街を歩いていた。
いつもの通り、かなりぼおっとして。地元を歩いているときの私は本当にぼおっとしていて、酷いときには家族にあっても気が付かない時があるほどなのだ。いやはや、我ながら、そのダメ人間ぶりには呆れてしまう。
そんな私ではあるが、杖をもった品のいいお爺さんが道端に倒れ、そのお爺さんを助け起こそうとしているお婆さんがいることには、さすがに気が付いた。通勤通学に忙しい人達はそんな二人を見て見ぬ振りと言っていい。
父が施設に入っている私としては、そんな光景を見過ごすわけにはいかなかった。
「どうしたんですか?」
と、私は声をかけた。
「ちょっと休ませたいんで」
とお婆さんは言い、道端の店舗のちょっとした段差を指差し、
「ここまで運んで休ませたいんです」
と、悲しそうな顔をして言った。
「お手伝いしましょうか」
と、私は言い、お爺さんの肩に手をかけたところ、近くの工事現場から屈強な人が二、三人わらわらと現れて、お手伝いします、と言ってくれた。
彼らがあっという間にお爺さんを段差に座らせてくれ、さっと立ち去っていった。気持ちいいばかりの仕事、である。いや、声をかけたは良いけれど、私は何もすることがなかった。よっぽどひ弱にみえたんだろう。それはともかく、手際よいお手伝いには関心することしきりだった。
「病院へ行くんですか?」
と、私は尋ねた。
「はい」
「K病院(地元の比較的大きな病院)ですか?」
「いえ。目黒の病院なんです。家を出てやっとここまで来たんですよ」
「そうですか」
タクシーを拾ってあげようかとも思ったのだけれど、ありがた迷惑になっても困ると思って、できることもないのでしばらく様子を見ていた。
転んだであろう、お爺さんも何となく落ち着きを取り戻してきた感じがあったので、では私は行きますね、と一言だけ言ってその場を去った。私に手伝えることは何もなさそうだった。
今の今まで、あの老夫婦がどうなったのか気になっている。無事に病院に辿り着いたのだろうか?
これ、他人事ではないのだ。いずれ私も……。