BearLog PART2

暇な中年の独り言です

4月18日 花月くん、さようなら、また会う日があるのかないのか

 iPhoneのけたたましい緊急地震速報で目が覚めた。

 外でも災害用の緊急放送が「大地震がきます」的なことを言っている。なんだか訳がわからないので、とりあえず部屋のテレビを着けてNHKを見てみる。どうやら豊後水道のあたりを震源地とする震度6程度の大きな地震があった模様。ここ宮島でもいやな揺れが長いこと続いたが、今はおさまっている。

 時計を見れば11時過ぎ。まだ寝てから1時間てくらいしか経っていない。場所が場所なだけに一瞬津波が心配になったが、NHKの緊急速報では津波の心配はありません、と言っているので大丈夫だろうと思い、再び就寝。

 とはいえ、波乱の幕開けと言えないか?w

 思いの外よく寝れて、起きたのは朝5時くらいだったか。ルーティンのストレッチ等々を行ってゆっくりと朝の準備をする。7時に朝食を食べてそのままチェックアウト。宿から楽屋口までは5分程度か。

 楽屋に着いてみれば、「経政」を出される方がもう稽古を始めている。「西王母」で地謡やシテツレを勤められる東北大の方と色々喋って和む。緊張がほぐれる気がして嬉しい。

 そして舞台の上で面を着けて本番前の最後の稽古。何箇所かコケたが、自分が苦手としていた弓の段については、なんとかなりそうという感触を得た。それから見所の垂れ幕でもみじ饅頭屋さんの広告が中心だということを確認。

 出番はまだ先なので、見所で社中の方々と少々お話したりして和む。そして「経政」始まった頃に楽屋入りして装束を着けて頂く。装束はきれいな色でいい感じなのだが、いかんせんサイズが小さい。今年も袂はつんつるてんだが、御愛嬌ということで。

 「花月」はシテが出ていくまでに少し時間がある。その間、鏡の間で面を着けた自分の姿をひたすら眺めているわけで、この時間が意外といい気がする。ゆっくりと、しかし確実に「花月」という父と分かれた少年になっていく時間、自分ではないものになっていく感覚をじっくりと味わう。なかなか。

 
 
 
 
 
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 そして狂言方から呼び出されると「オマーク」とゆっくりと言う。揚げ幕が上がる。橋掛かりの向こうはちょうど脇座だ。長い橋掛をゆっくりとしかしサラサラを心がけて歩く。緊張していると思うが、脳の方はその緊張を感じないくらい色々なことにその計算能力を割いている。もういっぱいいっぱいなかんじではあるが、さすがに三度目ということか、思ったよりも自分は冷静で脳のキャパも少しは空いているかんじだ。

 2つ目の板目を足の裏で感じたあたりから、少しずつ右によりして柱を目指す。舞台に入る板目のところで軽く足をかけ脇座に向かう。そこからおおよそ九足、そこが中央のはず。

 そもそもこれは花月と申す者なり、と謡い出す。悪くない気もするが、全然だめな気もする。まあとにかく必死に謡ったことだけは事実だ。そして「小唄」、狂言方とぐるりと舞台を一周回って、

「鶯の花踏み散らす」のところで普通に右方向を向くといつもならばあるはずのシテ柱がない。全然ない。あれーと思っていたら地謡座から先生の声で「左!」という鋭い声が飛ぶ。そうか、一周回って最後に止まるところがいつもと違う場所になってしまったので、視界もそれに伴いいつもとちがうところに向いているということか、急ぎ左方向を向くと、見つけた!シテ柱。助かった。そして弓の段。まあまあかなあ。

 その後、曲舞を舞う前に腰にさした扇を手に取るのだが、扇を開くのはその先なのだが、とった瞬間に間違えて扇を開こうとしたので、ここも先生から声が飛んで我に返る。あんなに練習して、絶対に間違えないところだと思っていたのだが、人間というのは不思議なものだ。

 その後はそれなりにできたのではないかと思っている。一瞬シテ柱を見失ったことと扇を間違えて開きかけたこと以外は、昨年の「半蔀」で中の舞で全然ずれてしまうような事故は起こらなかったとは思う。そう考えれば我ながら、少しだけ自分を褒めてもいいような気もしないでもない。

 ただ一つだけあったのは、羯鼓を舞い終えて大小前に戻ってきたとき、どうもお囃子の感じがいつもと違う。なんか一鎖多い?ような、あれ変だな、なかなか終わらないなあなどと思っていたのだが、自分は地謡の「取られていきし山々を」の謡い出しまでは動くわけにはいかないから、そのままじっと立っていた。待つこと暫しで「取られて〜」と地謡が謡い始めたので、キリ舞を始めた。

 最後にワキの方についてサラサラと戻っていくところとか、相手に合わせてそれなりに仕上げられたような気もするので、これも自分で自分を褒めてもいいかなーと思ったり。

 橋掛を戻り、揚げ幕の中に入り、とんと胸を押される。面を外す。出演者一同にご挨拶する。無事に終わったという安堵感と何とか勤め上げたという高揚感、そしてああこれで少年花月くんとはお別れだなあとでもいうべき喪失感、そういった感情が一挙に到来して、なんだか感極まる。きっと脳の中では色々な物質がぐちゃぐちゃにだだ漏れになっているのだろうな。自分の感情が自分でもよくわからない。

 終わってから、社中の皆様といっしょに「ふじたや」で祝杯&遅い昼ご飯。人気店だけにしばしお待ち。ビールで乾杯。

 最高の気分。

 それと同時にああ終わったという安堵感と花月くん、さようなら、という喪失感を再度感じる。

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 ふじたや、あなごめしが出てくるまで時間がかかるので、ビールと賀茂鶴、ツマミ(あなご南蛮漬とあなご肝)でご機嫌に。ツマミが美味しいので酒が進む。やがて出てきたあなごめしも美味しい。いつも食べるうえのとはこれまたちょっと違う流儀だな。

 五番全部が終わると先生と合流して、タクシーで広島へ。仏壇通りへ直行して毎年恒例の「ポタージュ」へ。

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 毎度のことながら美味しい。

 打ち上げ終了後後、宿泊先のシェラトングランドへタクシーで移動。まだ時間が早かったからホテルのバーにでも行こうかとも思ったけれどきっと自分が感じているよりも疲れているだろうなあと思い、行くのをあっさりやめる。

 見に来てくださった方々からのメッセージが届いていたりして、それを見ながら「ああ終わったなあ」と一人しんみりと思い返す。ここに掲載している写真も古くからの友人が撮ってくれたものだ。この場を借りて厚く御礼申し上げます。こんな素人の芸をわざわざ見に来てくださるなんて、ありがたいことだ。多謝、である。

 そしてここ最近ずっと見ている「葬送のフリーレン」をネットフリックスで見る。ああ、これも各話各話心にしみるなあ。歳のせいか?

 そしていつも厳しくも温かいご指導をしてくださった明生先生と陽先生にはどれだけお礼を言っても足りないくらいだ。本当にありがとうございました。また様々なご支援をしてくださった社長の皆様にもこの場を借りて厚く御礼申し上げます。

 今日の思いを噛み締めながらゆっくりと眠りに落ちる。

 自分は本当によい人生を過ごせている。みなさま、ありがとうぎざいます。