BearLog PART2

暇な中年の独り言です

かなり高確率で起こり得る未来(小説版)

 朝、目覚めると体中の関節が痛かった。

 やっとのことでベッドの上で起き上がって隣に眠っている妻を見た。がーがーと大きな鼾をたててシーツに涎を垂らしながら眠っているのを見て、ちょっと安心した。この歳になると寝ている間に急に息が止まり、そのままお陀仏になっていることなんて珍しくないからだ。

 肩、腰、膝等々体中の関節がぎぃぎぃと音を立てているような不快感を何とかいなして、やっとのことで私はベッドから出た。背筋をしゃっきりと伸ばしたいのだが、腹にも背中にも足にも力が入らず、首が思い切り前に出て全身のバランスをとろうとするので、自然と猫背になってしまう……。私は亀のようなゆっくりとした動きで階下のキッチンへ降りた。

 冷蔵庫を開けると、中には封の開いた牛乳パックに食べかけのリンゴとアボガド、あとはソースにケチャップ、マヨネーズ。

 私は溜息をつきながら一縷の望みを託してフリーザーを開けてみると、中にはチャーハンの冷凍食品が1パックだけ。朝飯からチャーハンというのは年老いた胃には厳しい……。

 私は牛乳パックを取り出して、コップに注いだ。考えてみれば、冷えた牛乳だって老体には厳しいかもしれないが、仕方ない。それから食べかけのアボガドを皿にのせ、そこにマヨネーズをしこたまかける。

 これが私の朝食なのだ。妻はまだ寝ている……。

 テレビをつけて、食卓に座ると、手元に置いてある私のスマホがブルブルと震えた。あまりにも不意打ちで口に含んだ牛乳を吹き出しそうになったのだが何とか堪えて、スマホの画面を見ると、娘からの音声通話だった。

「おはよう」

「おはよう、パパ元気?」

「ああ。相変わらずだよ」

 娘は41歳になる。

 とうの昔に家を出て、よき伴侶を何とか見つけ一男一女と子宝にも恵まれた。何の仕事をしているのかはよく分からないが、仕事と子育てでいつでも二言目には忙しい、忙しい、と言う。そう言えば随分と長いこと、孫の顔を見ていない。

「ふたりとも生きてる?」

「ああ。お母さんは二階で高鼾だよ」

「そう。それなら良かった。また週末にでも顔を見に行くね。それまで生きていてね、じゃあねパパ」

 通話は一方的に切れた。

 単なる生存確認だ。それ以上でも以下でもない。通話の相手が本当に娘なのかも分からない。最近では、AIを上手く使った合成通話サービスがあると聞く。多分私が娘だと思っているのはボットである可能性が極めて高い。

 娘(ボット?)は冗談めかして私達夫婦の生死に軽く触れる。それは娘のおちゃらけた性格を反映しており、リアリティはあるものの、この歳になれば決して冗談ではすまないのは明らかだ。配慮のないおおらかさ故にAIっぽさを感じるのかもしれない。

 妻は76歳、私は83歳。

 いつ何時お迎えがきてもまったく不思議ではない。今日一日を無事に過ごして、何とかベッドに潜り込むとき、柄にもなく神に感謝する。神様、ありがとう、今日は何とか一日無事に生きられました。

 このまま、ベッドの中で妻よりも先に死なせて下さい。

 これが私の本音だ。

 こんな日常がいつまで続くのか……。明日の朝、自分が目覚めることがなければいいのに……。(つづく)